ストレス感受性人間の、「人生」というマゾゲーのプレイ日記。
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番外編、とある嘆きへの感想。
 リスク学に関わる、とあるWebコンテンツを読んだ感想。
「検索エンジンで来た方が幸せになれるように」
 ではなく、
「これからの自分の考察を深めるために」
 書くので、検索よけをします。



 このコンテンツでは、
・専門家(現地) 公的機関含む
・専門家(中央) 公的機関含む
・住民
・市民
 のくくりで考えられそうだと思ったので、各枠で思ったことを記しておく。

・専門家(現地)

 調べるべき事柄・対処すべき事柄に先例がないため、1から手探りでメソッドを構築する必要がある。
 それに加えて、リスクコミュニケーションの問題で常に頭を悩まされ、専門家(中央)に翻弄されている。

・専門家(中央)

 メディア力を生かした言動がとれていない。
 また、いくら何でも官僚への当てこすりに市民・住民への記者会見を使っちゃだめだろうと感じた。

 それでどれだけ専門家(現場)が振り回されていると思っているのか。

 また、このコンテンツとは直接関係がないけれど、提案するならば、
「きっと現場まで届けてくれるよね」
 と他人任せにせずに、直接そこへ届くように提案した方がいいと思った。

・住民

「足による投票」問題がすごく切実に胸を抉る。
 また、専門家(両方)の足並み乱れたリスクコミュニケーションの打撃を一番被っている。
 個人的には、「コミュニティの崩壊」が怖かった。

 さて、彼らに必要なのは、社会レベルのマクロなリスクの負の側面を渡されていた元の状態に戻る「リハビリテーション」だろうか。
 一からになってもいいから、あの日からもっと強い地域を構築する「ハビリテーション」だろうか。

 結局、地区としてどう動くかはそこへの合意形成が必要で、なんか、この記事からは合意もなく、個人個人がバラバラに動いている印象だった。

市民

「ゼロリスク症候群」が強すぎる。
 市民というか、これは科学技術問題のお話に属するのだけれど、「サイエンス・フィクション」と「先端科学」をごちゃ混ぜにした方がいたのだけど、それだけは、
「現実を見てくれよ! 冷静になってくれよ!」
 と今でも思うぐらいにトラウマになっている。

 リスク問題について、黒か白かでしかはかれないのは、リテラシーの問題である。
 しかし、現在の日本で、自分とは直接関係ないリスクの問題に、仕事や学業の片手間に考えられるかと言ったら、答えはノーだ。

 問題は、科学リテラシーの不足で、特に、アサーティブネスに関する部分が今の日本というか、そこで足りない気がする。
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