ストレス感受性人間の、「人生」というマゾゲーのプレイ日記。
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8月17日。
・物事の最初と終わらせるまで

 何事にも最初があって、終わりもあって。
 自分が大嫌いな人にとって、楽しいのは、「自分を変えること」だ。

 とにかく、人は無意識に人を嫌っているような気がする。
 ナルシストが最上なわけではないけれども、過去の自分を否定するような、決別するような「成長」や「変化」を望む。
 物語において、主人公はそうやって変わっていくのはかっこいいけれど、小説作法を勉強して思うところに、あれは最初から主人公は欠けた形で作られていて、物語もそれを取り戻すためにあるので、だいぶ違う。

 よくよく考えなくても、批判をするときに円環を思い描くように、円を書いて考えれば、どんな行動にも肯定的意図が見つけられるはずで、肯定に満ちているそんな己の生きてきた年月を否定するようなことはなかなかできなくて。
 そして、失敗してしまい、自己否定感ばかりが募っていくことになるのだけれど。

 とかくすぐさま自分を変えたいという人が真っ先に変えるのは、
「自己肯定感」
 であり、人生のモデルで一番、「幸せに生きる」というのを満たす行動様式は、
「自分の行動をメタの段階で見守りながら、肯定したり、肯定できるような行動をとること」
 だろう。

 たとえ、不毛なことだとしても、物事を始めたときは何でも楽しい。
 某裁判ゲームの4作目の一話みたいに、
「何かが始まる」
 と、ドーパミンが止まらないのだ。

 報酬の予感で頑張れることは、長くて三日、短くて三時間。
 一度冷やそうとして、企画書をバインダーに挟んだ企画がそのままストックから出てこないのは、真夜中に書いたラブレターが多いからだ。

 今までいろいろやってきたことを思うに、
「やりたいこと」
 だけで終わることはほとんどない。

 今まで、何かを成し遂げたと胸を張って言えるのは、ノイローゼになって、ピリピリしながらも逃げなかったことばかりだ。

 それでも、外れる企画は多いし、他人からの肯定だけを求めていたら、フラストレーションはよく溜まり、非常にストレスフルだ。
 pixivのイラストみたいに、自分だけでもにやにやできるようなことがしたい。

・物事の最初と終わらせるまで~注釈~

 勉強をとてもしたくない。
 農学はまだ優先順位を下げているからまだしも、TOEICが一日分遅れているのが非常に気になる。
 そして、どう優先順位をつけたものか、自分はお盆明けのスケジュールを知らない。

 大学でも研究室に入ったら、
「時間ゴリ押しオレツェエ!」
 は通用しなくなる。
 今、サイトから見えるいろんなことについて、そんなことができるのはお休みだからだ。

 とにかく、細かく、細かく、かつ実用的に、チャンクダウンをして、そのチャンクを一つずつ真剣にすることが求められている。
 いざとなれば、スコアなしで勝負しに行くだけなのだから、肩の力を抜いてレベルCに挑めばいいのに、センターから換算して、受験時代に戻れたらの点で考えてしまう。
 もう4年近くたっているのだから、TOEIC風に言えば、
「二世代前の点で、スコアの有効期限は切れています」
 ということだ。

 大学3年の時に一回でもTOEICを受ければよかったが、あのころはあのころで別の問題を抱えていたため、それは難しかったんだろう。
 大学3年の時にまじめに教科書を読んでいたおかげで、今、農学は半分ぐらい解説を勉強しなくとも解けるぐらい助かっているし、奇跡的に団結のいい学年に巡り合い友人もできた。
 もう一回時を巻き戻すかと言われれば、
「絶対にノゥ!!」
 となるで、それなりにかけがえのない日々に過ごせていたようだ。

 しかし、大学受験を時間ゴリ押しで乗り切った自分はどうすればよいのか、かなり途方に暮れる。盆明けの予定はラボの教授次第で、その判断基準は自分自身で、そこがストレスのたまる元かなと思う。
 就活風に言うと、毎日、お祈りメールが来るか来ないか考えているのが不安を少し掻き立てている。

 基本的には考えないようにしているし、考えている暇があったら、読み返さずに済むよう論文のノートを取って、院ゼミを一本や二本仕立てあげている方が建設的だから、そうしているけれど。
 まあ、就活にぶち込む感じになりそうだ。

 あと、自分を変えようと思っても、
「~~ではないようになりたい」
「~~である自分でなくなりたい(変わりたい)」
 と否定形が入っていたら、それは確実に、
「~~になってしまうフラグ」
 だ。

 上の項目のだいたいは、本で読み知ったことを借りてきた文句だし、否定形の目標は、NLPで立ててはいけない目標と書かれていた。
 誰かからの肯定を目的として目標も立ててはいけないらしい。

 「太ってはいけない」と思ったら痩せるわけではなく、
「とにかく机でカリカリして『できる』ところを見せたい」
 という動機ではじめた勉強はやる気がでない。

「体力をつけて元気なりたい」
 と始めた歩く機会を増やすことはそれなりにうまくいって体力がついてきたし、
「人と上手に話して楽しくなりたい」
 とはじめた会話術の勉強は結構成果が実っているのだけれど、菜花さんとラボの教授がいなくなると、チーム・ラボのコミュニケーションはガクッと減る。
 自分もチーム・ラボの一員らしいのだが、完全に野良犬とかそこらへんと同じポジションですよねと思うし、自分から話しかけて会話をする行動でしかチーム・ラボの先輩と話してないな……。

 チーム・フィールドはダメな方が集うと盛り上がって傷のなめ合いをしているので、どちらがいいのかよくわからない。

 とにかく、英語耳の貧弱さは、研究室のサクラさんをはじめイングリッシュがメインの方々と話せないので、全力でレスキューしに行くに限る。
 TOEICがなぜ解けないのって、TOEFLはたしか、最初からアメリカで大学の留学をする方がメインターゲットだから最初からアメリカ発音だけでいいのだけど、TOEICは英語ネイティブ(アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ)の言語を同時習得させようとしているから難しい。

「日本語が喋れない人間に東北弁と大阪弁と沖縄弁と標準語を同時に日本語と思え!」
 というノリで、習得させようとしている感じで、なるほど、それは難しい。

 受験だと、アメリカとイギリスだけに対応していればよかったけれど。
 ぶっちゃけると、文法はなんとかできる、リーディングはそこそこ得意、アメリカ英語とイギリス英語、カナダにも何とか対応できそう、しかし、オーストラリアの英語がどうしても聞き取れない。
 速単の言語マークにオーストラリアがあると、急速になえる。

 南に恨みがあるわけではないが、なぜあんな文頭が読み取りにくい話し方をするのか。

 自分は、あいさつで二音目から本格的に発音していないかとチェックして、
「しまくってるよ。おはようの『お』はおまけだよ!」
 となったので、そういうのらしい。

 東北弁チックになっちょる。

 自分がされて嫌なことは相手にはしてはいけないので、次からは丁寧な一音目のある挨拶をしよう。

 どこソースかは思い出せないけれど、母音を一字目から上手くいうところにハメるには、一文字目の前人を入れてみるといいらしい。

・今日また顔グラをかきこなしてみて

 最初のがうまくいかなかったので、解像度を下げれば何とか対応できるだろうと思ったら甘かった。
 二枚描いたけれど、400×400とさほど変わらなかったので、400×400のままいくことに。

「無駄なことは無駄である」
 とやってみて自覚して、
「それなら、これは可能だろうか?」
 と企画を考えていくのも楽しい。

 たまに今日みたいに忘れるけれど。

 自分の絵は、イラストと違って、文字情報の代わりか、とりあえずのレスキュー要素が強いから、もうちょっとデフォルメを強くしたら、既存の素材サイトになって、自分の絵柄を変えるとよろしくないのだけれど。

 挿絵みたいなもうちょっと主線が細い線で描きたいというか、もう少し大きめのサイズで今の主線で描けば何とかならないだろうか。

 ボールペンで書いた白黒絵みたいなのを、なんとかだせないかと思いあぐねていて、一番近いのがあの方法なのだけれども。うーむ。

 影のつけ方がわからないなら、つけないのもアリかなとは今日描いて思った。
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