ストレス感受性人間の、「人生」というマゾゲーのプレイ日記。
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番外編、それは自戒になってない。~結構シリアスめなつい禁宣言というか、物事のはじめ方とつづけ方になっちょるよね、これ~
 サイトは隔日あたりで更新し、更新報告の際にツイッターを起動したときにリプライがあるかどうかは確認するので、プチゲー関係は安心してください。



 愚痴の追記:とある方のサブ垢だと思ってフォローしたら、全然違ってた、というだけの話なんだけど。

 検索エンジンで、
「講座」
 でユーザーが求めてくるのは、
「有料で金払っていく『講座』へのご案内」
 か、
「無料で、一発でそこそこ読んで理解できる『解説テキスト』」
 のいずれかだという現実に気づいているのだろうか。

 ……と、解説文コンテンツをいろいろやってきた人間として思う。


 TLに出てきた、おそらくリアルのことをグチったブランク宛にフランクでドヤァな空中批判の爆弾をもろに食らった。
 ほぼ日あたりで、
「イカリは無差別爆弾だ」
 といわれるが、まさしくそんな感じだ。関係ない人間を巻き込む。

 タイミング的に、関係ありそうだったので、
「万が一何かあったらいけない」
 と、何でかしらないけど謝っておいた。
 自分のほうは、ぜんぜん楽しくなかったので、ドーパミン供給が他の人と厳しい現実として異なり、物事をやめる判断の唯一の基準、
「楽しくなくなったら、やめよう」
 の原則が無視されていて、先週の自戒が生きてない。

「つづきから」
 を開始するときの工夫ではなく、一から始めるときの基準が、
「楽しくなるようにリフレーミングや、ありったけの工夫をこらそう」
「必要なら、深呼吸をくり返して、フラットな状態で手を動かそう」
 なのだから、やる気のなさが人並み以上だ。

 続ける基準は、
「どこでエターなるかしれないから、努力がきれいになるように細かくチャンクダウン! チャンクダウン!」
「楽しくないときは、一歩先というか、チャンクの終わりの完成形を夢想してモチベーションをあげる」
「完成した部分まで、バインダーに挟むなりテストプレイするなりして、いったん全部吐き出す」
 とこちらも、なんかずれているようなずれていないような。

 相手のほうには、申し訳ないが、
「秘奥義・つい禁、リプレイス読書」
 を利用し、ちょっと意識しないとつぶやきをみれないようにした。

 ちょうど良い機会なので、ネット回線をつないでも、ゲームプレイ日記や漫画サイトの巡回でもしようかと思う。

 テレビが本当に、トラウマがあって苦手なので、ツイッターに刺激を求めがちで、最近、依存みたいになっていたので、よい機会だ。

「怒りや非難(どうすればよいかを言わない批判)を相手にぶつけ、相手を下げて、自分をあげる」
 という他人を踏み台にする手段を執る方は苦手なので、少しワンクッションを置こうと思う。
 また、建設的でない非難をしてもかまわないのだけれど、その際に、発言者たる自分が殴られる覚悟をしないで、他人を安全圏からなぶる方は苦手だ。

 なるべく見ないようにしているだけで、ネットにはそういう方はわやわやといそう。
 というか、プチゲーの時はたくさんいたので、二度と、
「ウディタ」
 で検索しないと心に誓った。

「……『これは違う』、『あれは違う』、『先駆者が全くいない』と文句言うなら、コンテンツ制作サイドに回ってみたらどうでしょうかね!」
 とつぶやきそうになった。
 日誌には書いて消した。

 危ない。

 自分は「非難」をするたびに、
「ああ、相手も人生という名のマゾゲーで戦っているのだろうな……」
 と思い、罪悪感とかでザクザク来る。
 殴られるかもしれない恐怖がそれに追い打ちをかけて、昼寝をして何とか回復する。

 昼寝をするたびに、「非難」をした方のバックグラウンドを探るべくいろいろ見ているのだけど、妥当な「批判」をしているのだなぁという方はなかなかいない。

 批判と非難の区別は、「LADDERの記事」に詳しい。

「何をつぶやくかは自由だから、そのつぶやき(による沈黙の要求)に応じるのも自由」
 という権利を発動する。
 自分も、その権利を発動されても、泣かない覚悟も発動する。

 自己表現は覚悟だとよくいったものだ。

 おかんが、
「怒られるの覚悟で、無理して文章を書くのはやめなさい」
 といっていたので、しばらく、ちょっと、ついったーは更新報告のために起動だけにすることにします。

 その代わりに、解こうと思っていた問題集でも取り組もうかな……。
 というか、やらないとだめだよな……。
 おれ、どうやって就職するつもりだったんだって話だよなー。
 今日解いたところ、半分ぐらい解けて、三分の二ぐらい確実に言っていることがわかって、パッシブな理解で充分らしいのだけど、
「参考書を揃えるのに数万円とかふざけるな」
 ってほど、農学範囲広いしなぁ。

 現在手元にある学部自体の教科書をもとにしたり、学部自体の教科書を実家に送ったので、おかんに暇を見て発掘してもらうしかなさそうだ。



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