ストレス感受性人間の、「人生」というマゾゲーのプレイ日記。
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番外編、「科学リテラシー」と「科学コミュニケーション(日本語)」に対する個人的意見。
くろねこ・わんこのコメンタリー」のコンセプトは、

識者からしたら「意識の低い」クラスタに科学リテラシーのノウハウ系発想を意識を高めないでいいよと言いながら渡そうという、リスク学版「こころを守る心理学」あるいは、「システム自作講座」

 です。(現在企画参照)

こころを守る心理学」に吸収合併されたのはともかく。

 なんでこんなものが必要かと思ったかというと、
「科学者の言葉を伝えるのに、科学者の視点は必要だけど、科学者そのものになったら、大学公認の科学コミュ力の講義を受けても、『科学に全く触れていない人』との仲介者にはなりづらい」
 と、
「科学コミュニケーションの講義シラバス」
 を見てガチでおもった二十日前があった現状からです。

 科学リテラシーのウィキペディアの定義の半分をカバーするアサーションが見当たらないんですよ……!

「論文の書き方とか科学的な文章の書き方ってぶっちゃけ、教養でやればいいし、教養にそんな講義すでにある大学で院でするのですか、院でやる必要性がどこに」
 ってな講義でして。 

「科学に興味を持ってもらえばOK」
 というのが、科学コミュニケーターになりたい方に教えていただいた科コミュの一般向けプログラムの大半なんですけど、
科学に興味を持っても、SFとかがあるじゃない!
 という本を読んでいる層からしたら至極当然の問題はどうなっているのでしょう?

 科学者の大部分と、一般というか「科学は使えればいい」のクラスタの大部分が、
「科学コミュニケーション? 何それ、おいしいの? 意識高いねすごいね?」
 という状況のような気がするのです。

 しかも、科学コミュニケーターというのは、リスク学とか一般企業で科学的技術に関するクレーム処理や意見提出をする人のではなく、
博物館やサイエンスカフェで、科学を楽しそうにお話しする人
 をさすわけです。

「くろねこ・わんこのコメンタリー」
 の企画コンセプトについて、
「(あったら)すばらしいですね!」
 とこたえた科学コミュニケーションの専門家さんがいた機関での問題の軸は、
「問題に興味を持って聞いてもらえれば、解決」
 という感じでした。

 クレーム処理や監査的な意見提出は、監査やアセスメントと言って、コミュニケーションとは違うらしいのですが、
「それならば、『科学コミュニケーション(日本語)』を、科学デモンストレーション、と正しく翻訳しましょうよ!」
 と個人的に思いました。



 さて、リテラシーっていうのは、ウィキペディアによると、
「書き言葉を、作法にかなったやりかたで、読んだり書いたりできる能力」
 という、読み書き能力です。

 要するに、読み書きそろばんに相当するわけで。

 ウィキペディアさんによると、

 科学リテラシーのある人物とは、

・実験・推論の考え方および基本的な科学的事実とその意味を理解している。
・日々体験する物事に対して好奇心をもって接し、疑問を見出し、問いかけ、答えを導くことができる。
・自然現象を、表現あるいは説明、予測することができる。
・マスメディアの発する情報を分別を持って読み取り、その帰結の妥当性を社交の場で話しあうことができる。
・国や地域の意思決定に伴う科学的な問題を認識し、科学的・技術的に熟考した上で自らの見解を表現することができる。
・情報源および研究手法に基づいて、科学的情報の質を評価することができる。
・議論の場において、証拠に基づいた主張・評価を行い、そこから妥当な結論を導くことができる。


 PISAという国際的な教育到達度調査によると、

 科学リテラシーの評価

・「科学的知識または概念」を知っていること
・「科学的プロセス」に対する理解があるかどうか
・「科学的状況または文脈」における理解


 というわけで、大部分が、「科学に興味を持っているかどうか」全く関係ないのです。

 ふつうの人は、ふつうに持っているべき、パッシブスキルです。
 ……そう、今なんとなく、ネットサーフィンをしていても持っておくと安心だよ、といった方向性のスキルです。

 たとえば、喫煙と、環境問題に関して、意識のレベルを比較すると、
能動的に考える問題では、受動的に考える場合に比べて、1000倍のリスクを許容する
 というすごいややこしい実験データがありまして。

 ぶっちゃけると、科学的な問題やリスク学の問題は、
「受け身的に考えるから、リスクの許容度が小さい」
 のが根本の問題だ
と思うのです。

 ふつうの科学リテラシー対策は、
「それならば、能動的に考えるように仕向ければいい」
 という方向性ですが、
「受動的に考えても大丈夫なようにセーフティネットを貼ればいい」
 という方向性もあってもいい
と考えます。

 むしろ、科学リテラシーをパッシブスキルとみるなら、
自分の気に入らない話を、いかに冷静に聴くか
 が問題かなと感じられて。

(詳しくは、「サウスウッド リスク」で検索です。)

 要するに、
自分でどうしようもならないストレスへの対処、しかもウィットを効かせて
 というのが、「理科の知識」を除いた、「科学リテラシーの問題」ともいえるわけで。

 それなら、
「アサーションとか、マインドフルネスとか、ロゴセラピーとか、ストレス対策系臨床心理の出番じゃんか!」
 と、思いました。

「近しいひとと愚痴を言いあう」
 というのならば、アサーションは、双方向的なやり取りに特化しているので、議論をするにも、スルーをするにも、「ノート抜粋」がおすすめだと思います。

「自分で考えたくないから委任する」
 というなら、委任するで、委任状を心の中でしかと書いて提出して、「スキルガイド」(マインドフルネス)で何とか気をそらしたほうが建設的です。

「どちらでもない、おれは自分で考える!」
 というのなら、説教でない形で、考えるフレームワークやとっかかりを、まったりと読める形で、あげましょう。

 ……というのが、「『くろねこ・わんこのコメンタリー』のコンセプト」です。



 この記事を書いている現在は、
「リテラシーの基礎になるコミュニケーション」
「アサーションやマインドフルネス、ロゴセラピーを総合的にそうとは言わずに複合的に組わせた技術」
 をかなり実用的に扱った本について、臨床心理学の方面からいろいろ解説しています。

 よければ種本を買って、はじめと沢さんといっしょに読んでいただければ幸いです。

 また、「つっこめんたるリスク学に関するアンケート」についてもお答えいただければ、非常にありがたいです。

 種本は、「大阪大学出版会のリスク学の本+αで岩波」になる予定です。


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