ストレス感受性人間の、「人生」というマゾゲーのプレイ日記。
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6月26日。
「もしかして、もうそろそろ中学校や高校では定期試験期間……?」
 ふわっと、考えたのは、ウディタシステム自作講座のアクセス数が減ったからで、読者年齢がすごくわかりやすい現象だ。

 日誌に連続番外編、「レベル1の赤魔導士」が大学の講義について考える。」を投稿。
「インターンに行きたくない理由を壮大に『意識高い系』を装って、スタイリッシュに白状する」
 という就活意識低い系、という隠れ蓑を使った科学コミュニケーションに関する番外編記事。
 合計約一万文字の大作だ。

 母曰く、突っ走り過ぎらしい。
 考え自体は間違っていないと思う。

 おかんに、
「体力をつけなさい。百歩譲って平日は運動量が足りているとしても、休日に運動量を落とすべきでない」
「興奮を下げて入眠剤によって眠るのではなく、運動でくたくたになって眠るのが正論だ」
 という正論をもらった。
 正論だと思うので、今日からは散歩する。

 勇気を持って部屋に入ったラボの教授から、優しいお説教をいただいた。
 やっぱり、文体がきつくてよろしくない、と。
 「一行目を読めばわかる」すら通じないらしい。

 そしてもう一人のフィールドの教授の、
「そんな発想する方がモンスター」
 という説教を受けていて、
「やばい、ブラックな人間関係に慣れると人間歪むのかもしれない」
 と、バイト時代を思い出した。 

 フィールドの教授の意見なのか、当方の意見かわからないために生じる、「ハロー効果の恐怖」がまずいらしい。
 フィールドの教授はマインドフルだがノンアサーティブな方で、怒られているのに、
「非主張的な方は攻撃を受けると一気に身構えるタイプなんだなぁ、人間交流スタイル分析すごいなぁ」
 と思った。

 正確には、現実逃避した。

 プレッシャーを感じていて、一番傷つくのが当方であることをフィールドの教授は考慮してくれていない。
 他の研究室の講義に行って、全然質問のでない状況で一人、母に怒られつつ、どんどんしょげていったのと、やる気が削げていったのを知らない。

 一番不安を感じている当方が安心するような記事を書いたので、大丈夫かと思ったら、文意の表し方が下手くそだったらしい。
 とにかく、ラボの教授にも言われたが、当方の文章がひどすぎたのだ。
 もうラボの教授との会話で分かっていたので、「わかりました」とうなずいて、
「自分のメンツはどうでもいいので、みんなの安心を取ってください」
 とフィールドの教授から告知してもらうように頼むと、フィールドの教授は、
「自分で謝らないの?」
 と聞かれたので、
「(そういう文脈でしたら)自分が謝ったら、余計混乱すると思いますよ」
 と答えた。
 フィールドの教授は、ラボの教授へ相談させてほしいといった。

 しばらくして、
「やっぱり自分でさっさと謝って、あとは先生方の問題ってことにして忘却するか!」
 と思いつき、メールを送る。
 パラノイアで「親愛なるコンピュータ」に返答しているような文面であり、事実、パラノイアになっていた。
 当方のメールボックスはカオスだが、当方がやらかしたことを考えると、ここまでしないと、フィールドの教授の意図が通らないと思われるので、しょうがない。

 ZAPZAPZAP!!
 自尊心をガリガリ削り、アイデンティティを保つことを優先した。

 パラノイア(TRPG)の、「市民、あなたにそんな権限はありません」という市民のロールプレイをしていた。「その対応の意味が分からない」という反応をガチ研からもらった1時間後になおった。

 アサーティブなラボの教授は、
「きついこと言われて、傷つかなくていいのよ」
 という趣旨で、
「もっとリフレーミングやミルトン・モデル使うとか、ね?」(要約)
 といったことを話されて、なるほど、アサーティブな人は強いし、
「やわらかく真意を伝えられる人が一番強い」
 ということを知っているのだが。

 日誌はありのままに自分をつづるところだからともかく、「はねいた」本体は何とかしたい。

 とりあえず、全員に謝った。
 よくわからないけど謝っていたら、すごく講義がどうでもよくなった。
 サイトの記事や自分に役立つことなら人を殺せる凶器のような本だって読んで見せようと思うが、
「議論をすることは空気が読めないがゆえに、情報量が一バイトも増えない」
 という「誰得なの系これ講義」に英語の長文を読むほど張り合いのある人間でもない。

 とりあえず、元気だったら明日一日でやっつけ本名クオリティで何とかなるさと、気軽になる。

 フィールドの教授の、
「ここ数年間、講義に問題はなかった」
 というのが、年に一人か二人しかいないやる気のある院生と先生だけのディスカッション状態だと悟った。
 イーノックの「大丈夫だ、問題ない」に限りなく近い気がして、頭を抱えている。
「一番いい講義を頼む」
 と思うが、リトライができるのはフィールドの教授だけである。

 だいぶやけが治ったころ、キャリア講演会へ行く。
 サイエンスコミュニケーションの方にいろいろ質問する。
 話を聴いていて、科学コミュニケーションは職につながらないっぽいので、なるべくたくさんの日に定時に帰れる仕事を探す方向にシフトする。
「つっこめんたるリスク学(仮題)」
 について、もしあったらどうかといったら、
「(そんなのありえないだろうけれど)素晴らしいと思いますよ」
 といわれる。

「こころを守る心理学」についてざっくらばんに語ったら、興味を持った方がいて、訊かれたために、うれしくなって、あとでtsudukiという名と「こころを守る心理学」と、文芸部だったことを話した。
 検索エンジンでやってくる方がいるけれど、コンテンツコンセプトからやってくる方がいるとは思わなかったのだ。

 プロの科学コミュニケーションかは何をしているのか、とか、大学でどんな講義やっているのか訊いて、
「この物知らずが」(端的な要約的意訳)
 と隣の国家公務員を目指すエリートの方にいわれつつ、チーム・フィールドの留学生の方に、
「講義は大変ですよ」
 といわれながら、完成品を借りた。

 見てみたら、「はねいた」で、1日あればもう今すぐに具体例示しつつ日誌の番外編でやれるレベルを、専門家のわかりにくいアカデミック言語でやるだけで、しょんぼり。
 とにかく、
「本当にリテラシーが必要な層は、ざっくらばんに、ゆったりした心持で笑いつつ読めるような情報を求めている」
「理科離れ以前に、『異物を受け入れる』だけの自己肯定が足りていない」
 という、見ていて思った直観が、「専門家」に通じていないような気がする。

「表層的な情報に左右されるな」
 とは言うけれど、
「残業社会で、無給で、表層的でない情報にアクセスするほど余裕とガッツの残っている会社員ってどれくらいいるんですか?」
 という問いが出てくる。

 リテラシーって、「まじめにお金払って傾聴しにくる人」だけを教育してなんとかなる問題なのかなぁ、と思った。
 自分は、強制的に、でも、利益があるようにご褒美を見せながら、気が付いたら身についているっていうのがよくて、そういうのが作りたいのだ。
 「科学コミュニケーター」の、一般市民の方向を向いていなさに泣ける。
 サイエンスカフェに来るのは、すでに選ばれしやる気のある一部で、その一部だけ相手にしていたら、そりゃ、残り99ぐらいを切り捨てているのだから、科学離れ・理科離れも進む。
 理科離れ以前に、現在の若者は「コミュニケーションスキル不足」が大きいので、まずはリテラシーをつけるとすればそこからだと思うのだけど、「若人が異物や己を受け入れることができない」という根底が科学者として「先生」と呼ばれてる人になくって、知識を正しく伝えれば伝わると勘違いしてる。

 個人的に、科学コミュニケーションの「専門家」という肩書を背負ってしまっては、「専門家(上級者)」と「一般社会(初級者)」をつなぐ初心者に近い中級者にはなれないと思った。
 話を聴きに来る人が、もうすでに「上級者になりたい初級者」に限られてしまうからだ。

 ネットでつながったり、発表したがる理由がわからない先生は、しっかり話を聴いてくれる大人に囲まれた原体験と、現在のメディア力に恵まれた人なのだとおもう。
 そこが、ジェネレーションギャップで、すごく深刻な問題。

 ……と思ったら、ネットで大炎上した事件があったんだね!
 暗い話題しかないからとよけていたけど時事に疎すぎるよ、自分!

 とりあえず、全部医者の先生に話を聴いてもらって、薬の調節と対策づくりをしてもらった。ひと安心。

 今度から、メールでも、企画書段階からはじめていこうというのが、今日の教訓。
「一週間はメールを書かないでくださいね」
 とお医者さんに言われたので、今週のラボの教授への体調に関する報告は口頭になるっぽいし、

「かつて、IQテストでADHDの傾向があるといわれたのですが、『うつがひどかった』ということでスルーしていいですか」
「いやぁ、そんなことないと思うよ」
 ということで、ADHD解説サイトの老舗、あーささんのサイト見てた。
 あーささんが同じことを言っていて、安心した。

 チェックでばっちり、ADHDとADDにひっかかり、医者の先生に限りなくブラックに近いグレー判定をいただいたので、うつじゃなくて、そちらで対策を立てていくべきなのだと思う。

「こころを守る心理学」
 も、最初は俺得コンテンツで、同じようなニーズを求めている人がいるに違いない、と思った企画なのだよなぁと思った。
 また、tsudukiに興味を持って、本名を教えずにtsudukiだけを教えた方が、自分のサイトを見ていてくれたようで、しかもWeb拍手をくれたようでうれしくなった。

 tsudukiとして腐れ縁の方が当方のことをまた、影からこっそりと心配してくださっているようなので、アンサーを書いた。

 気分のブレが問題の根底で、そもそも最初はバイオリズムの問題であり。
 その対処についてうまく薬が出たっぽいので、これからは大丈夫そうで。
 四月からは自爆覚悟で、「自己にありのままにいること」を優先しているのと、先生が心の中で嘲笑っていようと表面上は死ぬほど優しいので単位的にはOKだから何とかセーフ、追い詰められてやっと将来の方向性が決まったので結果往来ということで。

 という、エアリプライをする。
 お互い、ネットでこっそりのぞくぐらいには仲の良い腐れ縁であるような気がする。

 こういうとき、
「表面上のリアクションが重要だ」
 というNLPはいっそ優しい言葉になるし、
「周囲の方のために」
 という、機械的にそういうやつらに表面的に対応する方法としてのNLP紹介記事(バックトラッキングとか)も、ストレスに負けないためのヒントとは別項目で作ったほうがよさそうだ。

「先生や親であるあなたに。~NLPを応用した、ストレスレスなフォロー方法~」
 という短編コンテンツを作りますか。いつか。
 ……こころを守る心理学のコンテンツ予定は増えるばかりで、中企画枠に小説が帰る日はやってくるのか。

 おかんと逆転裁判ごっこをする。
 最終的にお医者さんがうまいこと薬を調整してくれたことだけはわかった。
 今度から、「自分が粋な人だったら、どう行動するか」を基準にして行動すればよい、というのはわかった。
 それを考えるだけの余裕を薬で処方してもらったので助かってる。

 母曰く、
「コミュニケーションのきっかけにテレビを見ている人も多いのよ」
 とのこと。
 自分は、テレビはえぐい情報がネットと同じぐらい多いと考えるので、
「懸命に作ったぬるま湯」
 であるツイッター以外は、あんまり見たくないのだが。

 珍百景の三時間スペシャルを教えてもらったので、トトロと同じようにぼんやり横になってみるコンテンツとして保存するべく録画する。

 やばいときの症状は自分でも、わかっている。

「・いきなり連ツイ
 ・tsudukiとしての活動頻度が激しい
 ・寝れてない
 ・練れてない≒・衝動性が高い
 ・攻撃的
 ・「沢」が強すぎて「はじめ」がとんずらしている
 ・日記がやたら長い、考察がやたら長い
 ・以上のことが、わかっていても止められなくて困っている」

 こういう「制御できなくて日常レベルで困る」のを、「発達障害の傾向がある」といい、
「いくら知能が高くても、同じようなカテゴリの集団でそういう傾向があったらアウト」
 という厳しい現実があるらしい。

 カウンセラーの方と相談して、
「自分が何か行動しようと思った時に、どんな詩よりも効く言葉によるお薬」
 として、診断書をもらうかどうか相談しよう。

 おそらく、日本一すごい方々にまじめに注意を受けたりして師事しているのだから、こういう損な性分でも、本名のほうではカミングアウトなしに人並みな人生は得られるだろう。

 自分はそれより、ごく至極ふつうの人になって、自分が、「いいね!」と思える「アイディア」が枯れる方が恐ろしい。
 他人に迷惑をかけない技術を磨いて、ユニークなアイディア勝負のベクトル、勝負の場である「はねいた」は死守するのだ。

 あるだけでもありがたいのだけれど、周囲のサポートが週に一度なので、そこまでに体力が食い止める限定要素が体力となっているために間に合わないことが判明したので、本気で運動しようと思った。

 また、社会に出て食い扶持を稼ぐ前に、
「次回からこうしたほうがいいのよ」
「これはだめだよ!」
 と真剣に忠告していただいた上に、
「暴走を食い止めて、発想を止めない」
 という処方にシフトしていただいたので、よかった。

「信頼暴落に関しては、もうすでに信頼はどん底であるから、大丈夫だ」
 というミスが許される状況でミスができてフィードバックもらえて、本当に良かった。

 話半分に警告してくれた腐れ縁の人も安心だろう。

 今日はつぶやきが充実しているので、コピペで日誌が書けますね。
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